
創業者の本田将隆は、耳鼻咽喉科器具専門の鋼製小物師でした。明治32年、政府は帝国大学医学法医学の次に耳鼻咽喉科学講座を設ることを発し、その後に東京帝国大学に耳鼻咽喉科学講座が開設され、明治35年耳鼻咽喉科科化学が卒業試験の必修科目となりました。このことが切っ掛けとなり今後耳鼻咽喉科器械器具が更に必要となると確信し明治42年に独立いたしました。仲間の鍛冶職人や仕上職人・かざり職人・からくり職人を集め明治44年に東京本所にて鋼製小物の製造所を開設しました。

ドイツ医学を吸収された先生方の交流を深め先生方の専門図書を読みあさり、外国の手術器械の摸倣や吸収からの脱皮のために、独自の手術器械を考案する傾向になったようです。それに伴い耳鼻咽喉科領域は脳神経科、気管食道科、音声言語等の関連領域の新たな手術器械の試作要望も増え、当時共同開発された先生方の手技により学問体系が確立されて現在の専門領域として発展を遂げました。
元々耳鼻咽喉科器械器具は小さな穴よりアプローチする細い径の管状器械器具が多く、その構造は複雑でからくりによる創意工夫があふれている器械器具が主流です。それらの、からくり構造の器械器具を上手くあやつる先生方のあやつり手技が合わさって完成されると創業者のメモに残っています。
創業者に感謝し、創業者の苦労した経験やものづくりへの思いを若い技師へと継承できるように努力してまいります。
事業化が困難で高い開発リスクの最先端医療機器開発プロジェクトにチャレンジいたします。異業種の皆様からの技術協力がなければ進まないことばかりで、皆様のご協力に支えられプロジェクトが動き始めました。感謝申し上げます。
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